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元気になるDiary
(2006/1/3更新)

『高橋 節』ライブ情報


コラム

第1回
(2004/10/17)

第2回
(2005/1/4)

第3回
(2005/3/9)



 

高橋 節プロフィール


国立音大附属音楽高校の声楽専攻を卒業、国立音楽大学音楽教育学部を卒業。
大学在学中に「これを弾いてる姿は、見た目面白いかもしれない」という動機で、コントラバスを弾き始め、以降、低音弦楽器の魅力に取り憑かれる。

卒業後、オーケストラや吹奏楽の演奏活動を行う傍らジャズベースも弾き始め、'98年より邦人ジャズベーシストによるライヴ『THE BASSISTFESTIVAL』『ベースマン銀座に大集合』等に出演。'01年には、田町「女性と仕事の未来館」のコンサートシリーズに、初のジャズコンサートの企画で自己のトリオ演奏が招致され、大好評を博した。'03より、在住の町田市の「Docomoジャズコンサート」シリーズに携わり、その他、琵琶・塩高和之、楊琴(ヤンチン/中国民族楽器)・チャン・ウェイウェイなどと共演するなど、新しい試みにも積極的に取り組んでいる。



THE WOOD BASSIST たかはし とも
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第1回「女性奏者の世界」

私はとにかく小さい時から、お腹が空いていても音楽を聴いていれば幸せな子供でした。レコードプレーヤーが先生でもあり、友達でもあり、自分の見たこと のない夢のような世界を見せてくれる「玉手箱」のような存在だったことを記憶してます(もうひとつは近所の山。ノザルのように遊んでいたなぁ)。

その頃は勿論、CDとかMDとかは無いですよ(笑)、レコードにソノシートです。家に『レコード絵本』という、ソノシート(※ペラペラしたオマケでよく 流通していたレコード)の付いた「童話名作全集」というのがあって、児童合唱の名門・西六郷少年少女合唱団のパーフェクトな童謡演奏と、プロのナレー ターによる朗読をミックスした、テンポ良いコンビネーションで、絵本を眺めながら、洋の東西名作童話がミュージカル仕立てで鑑賞出来るのであります。

絵本の巻末に挟んであるソノシートをプレーヤーに置き、レコード針を「そっ」と乗せ、音楽が飛び出してくるのを待ちわびる瞬間は、幼児ながらの格別な高揚感。そして針が内側でくるくると回っていることも気が付かない、夢の世界に触れた者に与えられた、至福の余韻。…そう、それは何かに似ていることを思い出しました。ジャズのアナログLPを鑑賞する時の、まさに「その」感じであります。しかしその後の「童話名作全集」は「家庭のクラシック全集」にとって代わり、ジャズが登場するのはもっとだいぶ先の話です。

姉がピアノを習っていたので、羨ましかったのか、先生が家に来てレッスンが始まると、自分も混ざりたくて邪魔に入ったりして。「自分も習いたい、ピアノが弾きたい」と言い出したのは4歳のころでしたから、すると、3歳くらいの時に、受け手に甘んじておれず、レコードの裏側に入る野望を抱いていたのでしょうか。「三つ子の魂、百までも」…。勿論、可能であるなら100歳までも演奏していこうじゃないか。3歳の頃に自分が感じていた「夢のような世界」の内側の人間に今、私はなった訳なのだけども、その時の魂は、忘れてはいません。あの頃となんら変わらず、顔をほころばせながらLPレコードに針を落とす自分に気が付くときが、いまだにあったりなんかしますから…。

第二回 「聴衆参加型演奏表現概論」(児童編)


私はとにかく、小さい頃から音楽に関しては「その気になりやすい」性格でした。これはとある習慣に影響されたのではないかと密かに思っています。…とあ る習慣とは「教会の日曜学校」です。いつごろから通い始めたのかは忘れてしまいましたが、私はこの「日曜日の朝、キリスト教の教義を賜りに行く」という ありがたいイベントに「賛美歌を合唱で歌うことができる」「お菓子がもらえる」という「おちゃめ」な動機で、ほぼ皆勤賞でありました。

音楽の生演奏が聴くことができる機会は、チビッコには限られています。第一、今ではだいぶ子供対象のコンサートなど流行っていますが、昔はもうちょっと 大人がしゃっちょこばっていたので、コンサートなどはグズる子供がいるせいで閉め出しをくらっていました。しかし、日曜学校に行けば、牧師先生が登場して説教が始まるまでの短い間、きれいなお姉さん(後に知ったら、私の大学時代のピアノの先生の親戚だったらしい)が、エレクトーンで荘厳な天上の音楽を 奏でていて、大人、子供の別なく鑑賞できるのですから「問わず万民対象の、粋なはからい」です。

正確な歌詞は忘れてしまいましたが、たとえば、「雨降りはつらいもんだが〜、雨が降って地面が丈夫になるから〜、その上に建つ家も土台が丈夫なのだ〜、 神様の愛はなんと偉大なのだろう〜♪」…というような、なんとも含蓄ある歌詞の賛美歌を何曲も歌うのです。初めて歌う場合は勿論、曲は知らないので、模 造紙に書いてある歌詞をみながらデタラメを歌いつつ、周囲の歌える人の歌を覚えてから歌うことが出来るようになる、伝承音楽形式であります。賛美歌を合唱で歌いながら、演奏に参加する楽しさ、ハーモニーを奏でることの面白さを体得していきました。後に小学4年生くらいの時に、厚木少年少女合唱団という合唱団に入団し、子供ながらに様々なステージで歌わせて貰って、それが切っ掛けで高校は声楽科に進学することになったので、何がどう転ぶかわからないものです。

臆することなく積極的に表現する機会を持っていた幼少時代が、私の現在に影響を与えたかどうかは…まぁ、演奏を聴いて頂いた際にご判断願えればと。昨今はGospelのコーラスなどが女性の習い事として流行っているようですが、音楽の楽しみは、参加する喜びに支えられていることは間違いないようです。


第三回 「国際的黒人音楽論」(閑話休題 編)

「ジャズの歴史はアメリカで生まれて100年ちょっと」と思っている人は大きな間違いであるようです。奴隷として拉致されてきた黒人がそのルーツを持ってきたとしたら…コミュニケーションツールとして、呪術や祈祷の手段として用いてきた「Rythm」というものを含むとしたら、クラシック音楽や中国4000年の歴史とは比べ物にならない太古の昔から「太鼓のリズム」(シャレではない…)は音楽の起源そのものなのかも知れません。近年、「最初の人類はアフリカに誕生した一人の女性から始まった」という学説がありますが、と、すると「音楽もアフリカから生まれた」と胸を熱くするのも、頷ける話です。

何故こんな話をするかと言うと、以前、私が自分のページの日記に書いた童話(
「おんがくのめがみさま」※高橋節diary)は、渡米して40年近くをアメリカの黒人社会で過ごしてきた、敬愛する師匠の中村照夫さんから聞いた話が基になり創作しました。ジャズという音楽は言わずと知れた黒人音楽をベースに、アメリカで生まれた20世紀の代表的芸術ですが、ジャズは悲しくも愚かな人種差別に育まれた文化であることは、広く知られているところです。中村さんは、人種や出自、身体的特徴、金持ちか貧乏か…ということに関わらず「人は誰しも夢を実現させて豊かに生きていくことが出来るはず」をテーマに、社会的マイノリティーを支援する為のコンサート活動を続けて、ニューヨークの黒人社会で育ててきた自分の音楽や哲学を形にする努力を今も続けておられます。

もし自分が、ある日突然、肌の色が違うというだけで、異国に連れて行かれて奴隷扱いされたらどうでしょうか…。「私達だってあなた達と同じ人間なんだ、私達の何があなた達に劣るというんだ、冗談じゃない」と怒りをもって思うことでしょう。そしてその理不尽な環境に立ち向かう為に、ふるさとの文化や思想を、きっとアイデンティティーのよりどころにするのではないでしょうか。…しかし、そこで彼ら黒人達の偉かったところは、そのアイデンティティーのよりどころを自分たちの環境から外に向かって発信していくこと、分け与えてとけ込ませていく生き方を選んだところでした。それがブルースやジャズといった黒人の音楽というものの本質なのだと感じます。

私は現代においても「神様からの贈り物だ」として大切に受け継いで社会に影響させてきた、黒人の「太鼓のリズム」というものに引かれてきました。同時に、ポジティヴなエネルギーがある美意識や文化への考え方自体に興味を引かれて、「人はなぜ音楽に引かれるのだろうか?」「音楽と一緒に生きながら、人と関わるということって、どんなことなのだろう?」…そんな疑問を絶えず与えられ続けています。人は皆、誰もが自分であることを実現させながら生きていきたいと思う筈です。宗教が違うから、肌の色が違うから、身体的特徴、持っているものが違うから…それは優劣の物差しや、人間の権利にはなり得ない筈です。

人は常に特別で安定した環境、「位置」に身を置いていると信じたいが為、それを証明する角度を持ちたいと願うものです。そして差別や偏見、戦争といったトラブルも生みます。しかし実際には「人、一人、生きても100年」です。今日、ジャズは世界中で様々に影響を与え続けています。その裏側に持つ人間自身の尊厳の「在り方」についてを提言しながら、関わる全ての人に「踏み出す勇気」を与えるものが、ジャズのマインドなのだろうと感じ得たことが、私が音楽から学んだ最も大きな価値観なのではなかろうかと思います

※高橋節diary
高橋さんのHP『Diary』の検索窓から検索してみて下さい! 
http://www004.upp.so-net.ne.jp/tomobass/

元気になるDiary

見てほしいの訳(高橋 節Diary2005/11/6 (日) より)

人は誰しもが、誰かに労って欲しいのだと思う。

一生懸命に働けば、それに見合う報酬や感謝は欲しい、
不遇だと感じたら優遇して欲しいあまり、
自分を特別な人間だとアピールしたくなる。

その為に権威や組織の形容詞とか、生まれ育ちをはじめ境遇とか
優につけ、劣につけ自分につけたがり、
人に劣等感を持たせたり、同情を買おうとしたり。

つまりはそれが、差別や区別の始まりなのだよ。


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