佐渡”ゆかた”文彦のコラムページ
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佐渡”ゆかた”文彦
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コラム

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臨時コラム

「第4回日本音楽療法学会」in倉敷、9月3日〜5日report


「第5回日本音楽療法学」REPORTNew


A第2日目:2007年9月8日(土)『第7回・日本音楽療法学会』
(写真:札幌コンベンションセンター)

 北海道の夜明けは早い。京都との経度の差を感じたかったこともあり、部屋のカーテンをわざと開けて寝ていたのだが、いつもの習慣も手伝ってか、アラームの力を借りることなく6時前、自然に目が覚めた。直ぐにTVをつけ、天気予報を確認。番組は昨夜の道内各地の台風・暴風雨状況を伝えていたが、今日は午前中から回復するとの事。
 実際、朝食を買いに近くのコンビニへ往復したのだが、雨上がりの爽やかな初秋の空気を肌で感じることが出来た。札幌にしては涼しくないとの事だったが、秋の気配を感じるには十分の短い散歩であった。おにぎりとヨーグルトをつまみに、SAPPORO CLASSICを飲み干す。BEERを飲める至極のひと時を朝から過ごし、早々に荷物をまとめてcheck out。

ホテルを出て、キャスター付きのプチ・スーツケースを引きずり、地下鉄・札幌駅を目指す。駅構内で「土日・祝日限定1日フリー乗車券=ドニチカ」を購入し、約15分で会場最寄りの「東札幌駅」へ到着。地上に出ると、地図で確認していた「ダイエー東札幌店」を確認。紺色の「音楽療法学会」トートバッグを手提げた何人もの女性たちが、足早に会場方面へと向かう姿を見て、私もその群れについて行った。実は、昨日同会場で、音楽療法士を目指す方々向けの講習会が行われており、昨日から連続で参加されている方々であろうと推測した。雲が多少厚く、快晴とまではいかないが、東の空には既に朝日とはいえないほどの高さにまで上った太陽が、私達を照らしていた。荷物もあったせいか、既に汗だくの半そでシャツの上に紺ブレザーを羽織っての装いでは、かなり暑く感じられた。およそ10分ほどで会場の「札幌コンベンションセンター」へ到着。エアコンの効いた会場内では、この装いが丁度良かった。早速、受付を済まし、今回演題発表の場である「ポスター会場」へ足を運び、用意されていたパネルにポスターを貼付。(写真:JMTA poster発表)その後、楽器(violinとウクレレ)と貴重品以外の荷物をクロークへ預け、会場内を廻ってみた。

流石に音楽療法の学会だけあって、楽器の展示・即売のブースがいくつか設けられていた。その一つに、Harpを扱っているブースがあり、試奏させて頂いた。本体はローズウッド(紫檀)、最高級のものは、そこに象牙製の模様が施してあり、まるで高級家具のような雰囲気を醸しだしていた。Harpは、ご存じの方も多いであろうが、Cのscale、つまりピアノの白鍵の如く調弦された弦が並べられており、そこにあった最大のHarpは32弦、つまり4オクターブ分の音域が出せる。
レバーを上げれば半音上がる仕組になっており、一部のハーモニカのような感覚かもしれない。ダブルベース(コントラバス)のピチカート奏法のような感じで、指のDIP関節(いわゆる第一関節)を曲げずに強いタッチで弾くのがコツだそうだ。弦楽器奏者(自称:multi-strings player)の私としては、非常に興味があったため、カタログを頂戴した。

神奈川県厚木市にあるそのお店の本店では、全て手作り・場合によってはオーダーメイドをされているそうだ。気になるお値段だが、象牙入りのモノで29万円前後とのこと。

思ったよりも高くはなかったが、これ以上あの狭い我が家に「高級な家具」が増えることを喜ぶ者は家族内には誰一人としていないであろう為、一考するに留まることとした。他のブースでも、「ハンドベル」よりも扱いやすく、安価な「ハンドフォーン」(鉄琴の一つ一つの鍵盤にハンマーを付け、ハンドベルの様に片手で振りながら音を出す)や、弦が1本しかないミニチュア・エレキベースなどなど、音楽療法の場だけでなく、通常のライヴにおいても楽しさが無限に広がるようなアイテムが目白押しであった。
 
昼休みの企画として、毎回、学会担当地域の大学生が中心となった「ミニ・コンサート」が開かれるのだが、今回は札幌大谷大学のpercussion circleによる演奏であった。道内で唯一音楽学部を擁するその大学は、京都の仏教系大学のひとつである大谷大学の姉妹校なのか否かは不明だったが、全員で17−8名の部員が、マリンバやティンパニ、スード、コンガ、ボンゴ、ピアノ(一応打楽器でもある)などのありとあらゆる打楽器を駆使して、アンサンブルを繰り広げていた。中でも興味深かったのは、body percussion。つまり、楽器を使わず、手拍子(clapping)や、自分自身の身体(胸や大腿前面、足底など)、時には隣の人の足などを交互に叩きながら、16beatの“ご機嫌な”rhythmを奏でていたのである。
 昼ごはんを食べるのも忘れて、楽しいミニ・コンサートは幕を閉じ、午後1時から発表が始まる為、急いでポスター会場へ。途中、喉の渇きを癒すべく、お茶を購入し、4番目である私の発表の出番を待ちながら、前の演者達の発表に耳を傾けた。
 午後1時半、私の出番だ。ギャラリーは10数人程度。演奏ならあまり緊張しないのだが、口演となると、やはり小規模でも緊張する。タイトルは『耳鼻咽喉科領域疾患の啓蒙に、音楽(歌)を用いて』。つまりは、私の創った啓蒙ソングを聴いて頂いた方々にアンケートをとり、理解度と意見・批評を頂いた結果を発表するものであった。ポスターの文面を、順を追って説明し、『みみ・はな・のど』の譜面を掲示した所で、「では、どんな歌なのか、お聴きになりたい方?」とギャラリーに振る。お決まりのようにフロアからは「聴きた〜い」の声がチラホラ。そこで用意していたウクレレをおもむろに持ち抱え、1番を熱唱。他にも「はなぢの止め方」「耳そうじの仕方」の譜面を掲示していたが、流石に音楽療法学会参加者の方々だけあって、「歌って欲しい」や「譜面が欲しい」方々が殺到(?)し、用意していた10数部の譜面類は全てはけてしまった。
 そんなこんなで、持ち時間の10分はあっという間に過ぎていた為、後は会場の隅の方で、興味を持って頂いた方々と、それぞれ個別にお話をした。
 
午後2時半をまわり、私の発表群がひと段落ついた頃、お腹が減っているのに気づいたこともあり、今日泊まるホテルへのcheck inも兼ねて、一度会場を後にした。
 地下鉄・東札幌駅の真上に、朝に確認した「ダイエー東札幌店」がある。OMCカード(ダイエーのクレジット・カード。別にダイエーが好きなわけではなく、たまたまうちの近くにもあり、よく利用している為に作った。私の永遠の溺愛球団・近鉄バファローズが存在していた頃では考えられない事。今はそのダイエー・ホークスも携帯会社に身売りしてしまったが…)で手軽にshoppingができる為、迷わず店内へ。これまた北海道限定BEERのASAHI「北の職人〜長熟」を購入。早速味わってみたが、個人的にsuper DRYが苦手な私にとっては、やはり同じメーカーだからか、キレはあるもコクに乏しかった。
 2泊目のお宿はなんと「Hotel New Otani」。JTBのパックでたまたま安く選べた為に1泊目とは違うホテルにしたのだ。ここでも、同じ所に長く居たくない性分が出たのであろうか。
 check inを済ませ、荷物を運んでもらっているボウイさんに、最上階の13階にある部屋へ案内された。こちらは慣れていないせいか、荷物が気になり、着いてからチップを渡さなあかんのやろか…などと思案している間に、部屋に到着。こちらが声をかける間も無く、彼は部屋を退いていった。和紙でできたブラインドを開け、13階のその部屋からは方角でいうと、ほぼ真東の札幌の街が一望できた。一つ残念だったのは、東南隣に更に高層の(20数階建て)ビルが視界を遮っていたことであった。一応人前で学会発表することもあり、シャツにネクタイを締め、スラックス着用していたのであったが、早速ラフな格好に着がえて、再び眼下の街へ繰り出す。
 
学会場に置いてあった、北海道各地のお得なクーポン付き店案内本(Hot Pepperもあったが、A4版で重い為、handyなB5版の地元の選んだ)を片手に、テレビ塔近くのスープカレーの店「spice labo」へ。まだ時刻は夕方5時前であったためか、世界のBEERも置いてあるその店は、私が2番目の客であった。まずはBEERリストに目をやり、次にカレーを選ぶ。写真「スープカレー」は、香りは芳醇、味はフルーティな「登別地獄谷BEER」(何故か、地ビールではなく、made in U.S.A.だったが…)とsea food curryの辛さ(+++)。程よい辛さが空腹の身には丁度良かった。

その店を出て、再び学会場へ付いたのは、交流会(懇親会)の始まる夕方6時の少し前であった。交流会会場では、opening ceremonyとして、なんとあの世界的打楽器奏者であるボブ・ベッカー氏のソロ・シロフォンと、4人の日本人マリンバ奏者によるsessionであった。超絶技巧といった言葉がふさわしい、度肝を抜かれるような氏の演奏は、10分程度であっという間に終わってしまったが、乾杯のBEERの前にも関わらず、氏が足早に舞台の袖へと退くや否や、アンコールの拍手。もう1曲、“ラグタイム”を演奏して頂き、興奮冷めやらぬうちに、乾杯へ。例の如く、立食バイキング形式であったが、1時間前のスープカレーが漸く消化をし始めた私の胃袋には、暫くはBEERだけで十分であった。
 その後、遅れて御大・日野原重明先生が交流会場へ到着され、場内には拍手が沸いた。御年96歳(?)の現役内科医は、やはりカリスマ性があり、派閥争いが推測される(私の勝手な印象だが)この学会においてもその存在は偉大であった。もし、日野原先生が天寿を全うされたら、この学会はどうなってしまうのだろう…等と、他人事のように思いふけりながら、岐阜県(ここも自治体挙げて音楽療法が盛んなところ)から来られた、Hard Rock好きのGuitaristの女性(息子さんが今年大学院を卒業されたという話)と音楽談議に花を咲かせていた。
 最後のアトラクション、北海道名物「よさこいソーラン」で交流会はお開きとなり、再び「東札幌駅」へ向かう。またダイエーに寄ってBEERを購入(どんだけ〜飲むねん!)し、今夜もススキノへ繰出すこととした。先ほど使ったクーポン雑誌に掲載されていた、ススキノにあるラーメン「美乃家」へ。流石にお腹は膨れたまま、の為、生ビールは控え(カウンターで、隣の席の人が美味しそうに生ビールを飲んでいたのだが…)、この店独特の“焙煎”味噌ラーメンを注文し、食す。スープを飲んでみると、確かに良くローストされた、まるで朴葉味噌のおこげを彷彿とさせる味であった。今まであまり食べたことのない、ユニークな味に満足し、店を出たのが夜の9時過ぎ。駄目モトで、少し気になったlive house“bar Wes”に電話をかけて、今夜のliveの有無をと尋ねてみたが、答えは「今夜はライヴやってないんですよ」とのこと。昨晩同様、他にも何軒か近くにjazzspotはあるようだが、行く“ずく”が無く(信州の言葉で、行く“気力”、motivationが無い、の意)その足で、ホテルまで帰ってきた。
 New Otaniは、前夜のHクラブホテルのような地下の大浴場はなかったが、部屋の風呂・浴槽は広く、お湯を溜めてゆっくりほっこりと過ごすことが出来た。
お風呂上りに、やはり購入済みの缶ビールを嗜み、そのまま、セミダブルベッドに潜り込み、やがて眠りについた。

☆第3日目(最終日)は、またまた後日掲載予定☆

コラム(第11回)【ゆかた】の「北海道旅行記」第3日目

第3日目:2007年9月9日(日)『思い立ったが、小樽へ』

部屋に僅かに差し込む朝日で今朝も自然に目が覚めた。
最上階(13階)からの眺めは、丁度東方面にまっすぐ伸びる北海道らしい通りであった。日曜の朝ということもあり、6時半は過ぎていたが、車も人通りも殆どない様子であった。
昨日同様、コンビニで買い置きしていたSAPPORO CLASSICを開け、それを贅沢な朝食とし、軽くシャワーを浴びてから、やはり早々に荷物をまとめ、1階のFrontへと向かった。
Check outを済まし、必要最小限の荷物をviolin caseのside pocketへと詰め込み、プチ・スーツケースをFrontのクロークへ預けた。

ホテルから札幌駅までの僅か10分足らずの道のりは、爽やかな朝の空気のお蔭で、とても清々しい気分となった。
札幌駅構内に入り、片道\630の切符を往復分購入後、8:17発の電車まで、まだ30分強あることを確認し、足先をホテルと反対の駅北口へ向けた。
そう、この待ち時間を利用して、「北大」を覗いてみよう、と思い立ったのだ。

地図上では、一見札幌駅北口からすぐの様に思えるのだが、そこはスケールのでかい北海道のこと、「北海道大学」の標識を頼りに、歩けども、歩けどもその姿は見えてこない。
電車の時間を気にしながら、胃袋の中のBeerを“チャポチャポ”させつつ、小走りに目的地に向かい、漸く大学キャンパスらしき景色が目に入ってきた。
「北海道大学」東門(写真A)からキャンパス内に入り、“クラーク像”の標識・誘導に従い、朝日差し込む構内を歩くこと約5分、「北大」の前進である「札幌農学校」初代校長・クラーク博士の胸像を目に焼きつけ(写真B)、急いで札幌駅に戻った。
写真A 写真B

8:15、小樽行きの電車に乗り込み、一路西へ。車窓には暫くは札幌郊外の住宅地が拡がっていたが、「手稲」駅を過ぎて暫くすると、急に視界が広がった。眼前には水平線を望める程の日本海が私を迎えてくれた。これが、いつも病院から眺めている「海」へと続いていると思うと、なかなか感慨深いものがあった。

9時過ぎに小樽駅へ到着。大正時代の駅舎を持つ構内には、私以上に目的意識をもっていると思われる「観光客」の方々でごった返していた。
限界滞在時間は、南小樽駅発11:37までの僅か2時間強。
取り急ぎ、「小樽運河」までの“お決まり”の徒歩観光コースを歩き始める。台風一過のはずが、徐々に雲行きが怪しくなり、ぽつりぽつりと小雨が待ってきた。時間的にどの店もまだ開いていない「寿司屋通り」を足早に通り過ぎ、「小樽運河」にかかる橋に到着。
そこからは、何やら演歌調の伴奏に乗って、聴きなれた楽器の音が聴こえてくる…

その橋の袂には、ラッパ型スピーカー搭載のviolinを弾いている初老の男性がいるではないか!(写真⇒)
1曲演奏し終えた氏は、violin caseを背負った私の姿を見て、「Are youJapanese?」と質問してきた。丁度周りに、台湾や韓国・中国からの観光客のご一行がいたためであろうか、日本人であることを確認するや否や、「これ、ちょっと弾いてみる?」
非常に興味深かったため、二つ返事でその楽器を手にした。「コルネットヴァイオリン」といわれるその楽器は、今ある所謂「electric violin」よりも前に発明され、コイル式pick upを搭載した電源レスの拡声器付violinといったところか。
早速ちょろちょろと弾いてみて1曲、たまたま思いついた「テネシーワルツ」を弾ききって、感想。Playerにとってはラッパ型スピーカーから出てくる音のモニタリングが出来ないため、慣れるまでやや弾きにくい印象を持ったが、電気もいらず、音量も管楽器並に出るというメリットが、野外Liveには持って来いのitemと感じた。
因みに、その方のお名前は「織田ゴム長」氏。Violinの他、Hard Rock Guitarをこよなく愛する方とのこと。

もっとsessionをしたかったのだが、雨脚が少しひどくなってきたため、残念ながら氏も演奏を中断せざるを得なかった。
その雨からviolinを守るべく、着ていたジャケットを覆い被せて、事前に確認していた「小樽ビール」の店へ到着したものの、10時の開店まで30分弱あり、雨宿りにもならないため、時計と相談した挙句、南小樽駅方面へと向かった。
そのうち幸か不幸か、徐々に小雨は止んできた。

やはり地図で確認していた「堺町」へ。その頃には皮肉にも晴れ間さえ覗く様な陽気となり、もうひとつのお目当てである「寿司」を食べに、クーポン券が掲載されている「札幌・小樽グルメガイド」本の、大雑把な地図を頼りに「竜政」寿司を目指す。
途中、ここは軽井沢?嵐山?と思わせるような観光地ストリートの中で、有名な「北一硝子」や「六花亭」「ルタオleTAO・本店」(左写真)を通り、「北一硝子」の地酒を扱っている店に入り、地ビール「小樽ビール」を購入。即飲干し、海近くの観光バス駐車場隣にある「竜政」寿司へ。
すすきのにも支店があるその店は、やはり新鮮な地元のネタを使用しているらしく、中でも特筆すべきネタの一つで、「ホッケ」の寿司(勿論今まで焼き魚という認識しかなかった)を頂いた。白身魚のさっぱりとした感じが、焼き「ホッケ」を連想させにくいほどの変わりようだったが、流石は小樽、と唸らされた一品であった。
勿論、他のネタも美味しく頂き、値段も
\D千円以内とお腹も懐も満足させてくれた。
店を出た時には11時近くになっていた。食後の一服のため、先ほど地ビールを購入した店で再度購入⇒飲干し、残り時間30分を切った段階で、Familyへのお土産を、北一硝子とルタオにて慌てて買い漁り、南小樽駅に着いたのは電車到着2分前であった。

電車を待つホームには、先ほどの小雨が嘘の様に、去る夏を惜しむかのような陽射しが照り付けていた。札幌に戻る車窓からも先ほどの日本海が広がり、改めて北海道の雄大さを目の当たりにした。

札幌で一旦下車し、ホテルに預けていた荷物を受け取り、再度札幌駅へ向かう。
途中のコンビニで例の如く「SAPPORO CLASSIC」を購入して…。
往き同様、新千歳空港行きの「快速エアポート」に乗り込み、早速プルトップを開ける。
札幌から新千歳空港までは、その快速で約40分かかる。距離にしても結構離れている。札幌といえば、北海道を国に例えると首都であり、道外との交通手段が殆ど飛行機であることを考えると、北海道に出入りする人の多くはこの距離を経験していることになる。前々から疑問に思っていたのだが、何故にこんなに離れているのであろう?札幌の少し郊外に行けば、失礼ながら土地はナンボでも余っていそうなのに、(札幌市内にある「丘珠空港」は道内のみの航路のようだし…)何故近郊に作らないのだろう?と。
しかし、車窓からのいかにも北海道らしい広大な景色を見ると、その疑問は少し解消された。仮に札幌市街地のすぐ近く(博多と福岡空港のような)にあったとしよう。空港に降り立ち、すぐに大都会へ。札幌にしか用事がない人にとっては、我々がイメージしているような「北の大地・北海道」を少しも味わうこともなく帰っていくことになる。勿論、富良野や根釧台地、帯広平野など、もっともっと「北海道」な所に比べたら、札幌⇔千歳間は序の口なのかもしれないが、せめて「北の大地」を少しでも味わうための40分間なのだ、と私の勝手な独断的判断で長年の疑問に自問自答したのだった。

新千歳空港からは、定刻どおり関空行きのJALで、本格的に天気の回復した北海道を後にした。この次は、時間的余裕があれば是非舞鶴か敦賀からフェリーで、金銭的余裕があれば「シンデレラエキスプレス」で是非訪れたいものだ。

佐渡【ゆかた】文彦


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