第2回

【guitarを演るきっかけ】
さて、中学3年になり、私は受験勉強を理由にviolinを止めてしまってました。しかし、音楽をやりたいっ!という血が流れているのか、中3の音楽の授業の時、たまたまguitarを弾く機会があり、「これはおもしろそう」と思ったのと、当時“村下孝蔵”の「初恋」という曲が流行っており、凝り性の私は村下孝蔵ファンとなり、彼の全てのレコード(当時はまだCDが普及してなかった)を買いあさり、guitarを当時住んでいた横浜・戸塚のダイエーで購入(フォーク・ギター)し、ひたすら彼のコピーをしていました。
因みに村下孝蔵氏は数年前、40歳台にして、心筋梗塞だと思いますが、急逝されました。shockだったです。(コンサートへも行きましたよ)。

guitarでのdebutは、中3の秋の文化祭で、学校の体育館のstageでした。
確か、「アルフィー」とか「オフコース」の曲を演ったような記憶が…(村下孝蔵氏の曲は、あまり一般受けしないと踏んだのでしょう?)
また、卒業記念のeventで、卒業式の前の日にも、bandを組んで、当時流行った「チェッカーズ」を演らされました…

【高校時代】
中学からやっていたvolleyball部と、軽音楽部を掛け持ちしてましたが、いよいよどっちかをmainにせなあかん時が来て、軽音を選びました。(高2の夏)軽音では、J-POP(当時では、レベッカ、渡辺美里、サザン、KUWATAバンド、ボウイ、originalなど)や、Rock(Queen,デヴィット・ボウイ,マイケル・シェンカー,デユランデユランなど)、Fusion(カシオペア・スクエアなど)を、guitar・bass・vocal・keyboard・drumsと、ありとあらゆるband楽器に手を出し、一応それなりにこなしていました。(家に一時期先輩から1万円で購入したdrumsセット
があり、練習してました。すごく近所迷惑やったのでしょうねえ)

【jazz〜fusionとの出会い】
そんな中、うちの高校の軽音では、なぜか忌み嫌われ、先輩から演奏禁止令まで出ていた、オフコースも大好きでした。大概の人は、オフコースといへば、「小田和正」と来るでしょうが、私は「鈴木康博(gui.vo.)」が大好きでした。
その鈴木さんのguitarもかなりCOPYしましたが、彼のmost favourite musicianが、あのLarry Carltonだったのです。それを知ってから、L.CarltonのCDを購入、聴いてみましたが、当時はその良さが判らず、チンプンカンプンでCDは一旦そのままお蔵入り…(数年後の大学時代に聴き直して、はまりました)
そのalbum、“last nite”は、1曲目がいきなりMilesの“so what?”でしたが、高校生の当時では、まったく訳分からずでした。
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