第2回


【大学時代】
高校卒業後、一浪中は音楽とは無縁(listenerとしてのみ)の暮らしでしたが、大学入学で、たまたま信州・松本へ…漠然と、「大学生になったら、jazzを演りたいなあ」と思っていたところ、bassをされていた、当時6回生のT先輩(現在は外科医)に勧められ、松本駅前の“アルハンブラ楽器店”のjazz guitar教室へ週1回、通い始めました。
その時の師匠が「柳原達夫」先生で、今現在は、東京を中心にbasistとしてご活躍されておられます。
柳原先生に、「とりあえず、be-bopを聴け」とadviceされ、ひたすらC.ParkerのCOPYに明け暮れました。
1年近く通い、先生の「ダルース」(松本市内のLIVE HOUSE、現在はお城の近くの市営立体Parkingの1Fにあり、K氏が長い間バイトされてました。当時は本町通り商店街の2Fにありましたね)でのLIVEで1曲共演させていただいたりしていましたが、なかなか芽が出ず、悶々としておりました。
一方、大学の軽音では、original number中心の所謂comic bandで、vocal兼guitarを好き勝手に演ってました。

【JAZZ研は?】
実は、私の入学当初は、うちの大学に「jazz研」というものが存在していませんでした。
後で分かった話によると、現在岐阜市内で高校英語教諭をされているN先輩や、名古屋で建築士をされているM先輩が、私の入学する前の年まで細々と活動されていたらしいのですが、N先輩の院進学や、M先輩の学部進学(工学部は長野市にあるため、転居された)に伴い、自然消滅してしまっていたらしく、ちょうど私と入れ違いだったのです。
そこで、とりあえず「jazz」を演りたかった私は、「ないのなら創ってしまえ」と思い、柳原先生の紹介(ダルース関係)で、当時経済学部生のK君(pf)と、私の同じクラスの友人と同じ「こまくさ寮生」で工学部生のI君の3人で「新生・信大JAZZ研」を再興することになったのです。

さて、次回は「信州大学JAZZ研究会(当時は探究会)」復活・再興に纏わる、
誕生秘話から、いよいよjazz guitarからjazz violinへ転向したきっかけ話などをお
送りする予定です。


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